あるとき僕が今の家屋で特に不便は無いと言うと、何も聞かずに「快適なんだー?あそこー?」と笑い飛ばした。たった一言で全てを包容し、相手を尊重し、なおかつ何の押しつけがましさもない。
「他人は他人である」という一個の人間として最も基本的なことを心得ながら、その上で何か力になれるときはいつでもどうぞと門戸を開いてくれる。ドライだが深い思い遣りに満ちている。
彼女はあるとき「たくさんのお金は欲しいとは思わないわ」と信条を聞かせてくれたことがあった。
齢はもう50だろうか、60だろうか。少女のように自由な心と、強く独立した大人としての風格。
美しいとは、そういうことである。高貴であるとは、そういうことである。
彼女には、これまた寡黙で素敵な旦那さんがいる。ご夫婦の間には、かなり遅くなってから諦めかけていたお子さんができたという話を聞いて、とても嬉しかった。ああいう人々が望んで子孫を残すことほど、この世界にとって善なることは無いだろうと思う。
大袈裟に言っているのではない。「他人は他人である」という心得は、IQで測れない人類の知能の発達を意味していると思う。説教をする人間、他人に対して何か言わないと気が済まない人間というのは、個ができあがってなくて、自分と他人との境がぼんやりとしているのだと思う。